自己破産@体験からの進め方のヒント

自己破産@体験からの進め方のヒント
借金に悩み、債務整理が頭によぎる方へ、私の、自宅任意売却~自己破産に至る体験をお話します。ご自身の選択の参考にしてください。

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■■体験談■■↓↓

以下、■■体験談■■↓↓の章です。
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1 自己破産のあらすじ~私の場合

2002年5月に、会社を早期退職。リストラ圧力/家計(家族4人)の慢性的赤字(△7-8万/月)から、このままではジリ貧、座して死を待つわけにはいかないと思い、退職金を元手にインターネットでの株トレードを志す。

しかし、勉強期間も含めて2年ほどやるも、850万ほど損を出し、断念。

退職1年後(2003年6月)には、住宅ローン不払いに陥る。このころから、生活費の債務が増え始めた。退職2年後(2004年5月)、自宅任意売却に至る。

その後、個人ベースでのビジネス(翻訳、MLM、商社代理店)を手がけるも、翻訳は安定した仕事にならず、他の2つもものにならず、1年足らずで断念。

退職2年半後(2005年12月)あたりから、再就職を捜すも、思うような収入(月収50万希望)の口は合格せず。このころで、借入金は700-800万になっていた。結局月収手取り31万で、東京の会社と契約し、2005年4月から2006年2月まで勤務するも(妻の実家からの通い)、この間、結局返済と借り入れを繰り返す自転車操業であったが、予想以上にクレジットやローン枠が増えていったため、とりあえず自転車操業を続けてしまった。自分としては、東京の会社での月収増への期待(当初の31万は暫定であった)と、不定期ながら翻訳(日英)の仕事も入ったので、近々の収支の改善を目指していた。

ところが2006年2月、東京の会社が従業員を1/3に減らすリストラを行い、自分も契約を切られてしまった。その後の再就職活動は不振で、いろいろな事情もあり、いったん地方の自宅に戻った。その後、今の収入のベースとなっている翻訳会社に翻訳者として合格したため、4月末から、ある程度定期的な仕事になるようになった。しかしこの間も、借入金は増え続けてしまった。経済的挽回の柱としては、単価の高い特殊分野の翻訳や、インターネットアフィリエイトの研究をもくろむも、挽回にはいたらず、2006年9月、新たなローンを断られるようになり、10月には、既存のローン会社の1つからも新規利用停止を食らい、ついにやりくり不可となってしまい、11月に自己破産に向けて動き出した。

いろいろ調べた結果、地元の弁護士さんに依頼し、2007.2に申請、2007.5に免責認可に至った。

その後、翻訳の仕事をメインにしつつ、新たな収入の道を模索中。

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以下、下記の項目について、書いていきたいと思います。

2 会社早期退職~自宅任意売却

2.1 会社時代
2.2 株トレードの経緯
2.3 自宅任意売却の経緯

3 自宅任意売却~自己破産を選択

3.1 株トレードをやめた後の仕事

4 自己破産を選択~免責認可

4.1 インターネットでの調査
4.2 最初の相談先
4.3 弁護士決定
4.4 その後の手続き

5 その後

5.1 現在の状況
5.2 家族名義のクレジット残
5.3 家族名義のクレジット残 2
5.4 家族名義のクレジット残 3
5.5 自己破産後の人生の目標
5.6 今日の時点で考えること
5.7 「免責審尋」から1年


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2.1 会社時代

22年2ヶ月勤めた会社を、2002.5に早期退職しました。

会社を辞める前の時期、家族4人で、住宅ローンや教育費、親への送金、車のローンなどある中、節約しても慢性的な赤字が続いていました。妻にも節約を訴えましたが、慢性的な赤字は続きました。

サラリーマンとはこんなものなのか、ふつうにやっていれば、自力で家を買い、子供を大学に行かせるくらいできないとおかしいと、以前から思っていました。しかし、まわりを見ても、サラリーマンで、自力でここまでできる人は少なかったです。

このままではジリ貧、子供を大学にもやれない、という重い憂鬱が、毎日の通勤時に襲いました。

そしてまた、サラリーマンとしての重要な業務である、「理不尽」に耐える業務、に、ストレスがすごくあり、いやけがさしていました。上司が対立している部署に対して、やるなといわれることでもやらないと仕事がまわらない状況でした。

ぎりぎりの決断として、座して死を待つよりは、との思いで、会社の、体のいいリストラ手法でもある早期退職に該当する年齢に達したとき、早期退職し、以前から研究していた「株トレード」で身を立てたいと、選択しました。

退職金で、当面のローンなどは返却できます。


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2.2 株トレードの経緯

株については、会社時代からある程度勉強していました。しかし、会社時代には、実践経験はわずかでした。株に関心を待ちだしたきっかけは、「岩崎直」という人の本です。この人の、株の調査勉強におけるとてつもない努力と、人生に対して、敬服の念を覚えました。その後、「異銘柄さやとり」や「柴田罫線」「NASDAQ Direct Access Trading」「LoveWhiskyさんの講座」などを勉強していました。

退職後は「LoveWhiskyさんの講座」をさらに勉強し、日本株で、デイトレードを中心にした短期トレードをやろうと決めていました。テクニカル分析で売買する手法です。結果的に失敗しましたが、当時は、甘かったわけですが、漠然とした自信があったのでした。

退職金の、各種ローンを清算したあとの残金で始めました。住宅ローンや生活費も当面そこから切りくずしながらです。

最初は勉強しながら細かくやっていましたし、多少の損もしかたないとは思いました。結果的に多少の損を繰り返し、約1年後、2003.8、1トレードで500万の損を出したのが致命的となりました。その後は、他の仕事もやりながら、細々と続けましたが、2004.4あたりで、完全にやめました。

■なぜ失敗したかの総括

・ 技術の不足
テクニカル分析の技術の精度がよくなかったとは思います。ときには先生とまったく反対の判断をしてしまったこともありました。たとえば、「有意に上抜く/下抜く」の判断における「有意に」というのが掴めませんでした。しかし、今思えば、この技術は、いくら勉強しても、体得できるものには「個人差」があるかと思えます。先生の講座の紹介には、「だれでも習得できる」とあります。この「だれでも」というのは、「だれでもある程度までは」と、解釈すべきだったと思います。

・ 心理的なわなへの認識不足
株トレードにおける「心理的なこと」は、あまり触れられているのを目にしたことがありませんが、これは決定的に大事なことで、私の一番の失敗は、ここにあったと考えています。もしここに早い段階で気付いていれば、私の成り行きも変わっていただろうと思いますが、これは離れてみて初めてわかることで、事前に口で説明されても、実感としてわからないという性質のものなので、やっかいです。

どういうことかというと、以下のたとえのようなことです。

「シミュレーションと実トレードは、ゲームで判断することと、実弾の入った拳銃をつきつけられた状況で判断することほど違う。」
「平坦な床に敷いてある幅30cmの板の上を歩けと言われれば簡単に歩けるが、同じ板でもビルの屋上のヘリに置かれたら、歩けない。」

シミュレーションでは適切な判断ができても、実際のお金がかかっている実トレードで思惑と違う方向に持っていかれた場合、判断がにぶってしまします。損を確定させるのがいやで、また逆に動く理由を捜そうとしてしまいます。あるいは判断を放棄し、どちらかわからないからとりあえず様子を見よう、となってしまいます。そのうち、運が悪い場合に、致命的な損(拳銃で撃たれてしまう/ビルから落ちてしまう)を被るのです。これは、ふつうに陥る「心理的なわな」かと思います。また、そんな状況に陥った当事者自身の中では、このことに気がつけないのです。

もし私が再び株トレードをやることがあったら、新規エントリーと同時に損切りオーダーを出します。そうでないと、動いてからでは判断が鈍ってしまうはずだからです。


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2.3 自宅任意売却の経緯

2003.6、住宅ローンの支払いを1度パスしました。6月はボーナス月として、47万の支払い額でしたが、ちょっと待ってほしいという気持ちだったと思います。ところが、2003.7~8にかけての1トレードで500万の損を出したことで、当面待ってほしいという、継続的な不払いに陥りました。

そのころ、「借りたカネは返すな」という過激なタイトルの本と「重い住宅ローンから逃れてスッキリした私の方法」が目に付き、それらを読んだことが「自宅の任意売却」につながりました。

借りたカネは返すな


重い住宅ローンから逃れてスッキリした私の方法


後者の本の著者は、東京の税理士の方でした。漠然と、人生の建て直しをどうはかるかを考えてはいて、もしかしたら自宅売却もせざるを得ないかと考えていました。

一度、その税理士さんに相談に行ってみることにしました。相談料が3万円でした。

いろいろな知識や経験が豊富な方だと思いましたし、自分の中でも、再出発を考えたほうがいいという方向が強くなっていきました。その税理士さんが、そういう案件に詳しいという不動産会社を紹介してくれました。

その後、その不動産会社に相談するようになり、処理方法にはいくつかの方法があった(自己破産もありましたし、はたまた条件を整えられればですが売却してもそこに住み続けられるという方法もあった)のですが、私の場合は、「公営住宅に引っ越す前提での任意売却」の方向で動くことにしました。

そのためにはまず、公営住宅に申し込む必要があります。これは基本的に抽選なので、当たらないと入れません。私の場合、「運よく当たったら入りたい」というのではなく、これ以上住宅ローンを払えない以上「数か月のスパンで事を運びたかった」事情があります。

広報などの情報で、その後数ヶ月で2、3度申し込むチャンスがありました。が、いずれもはずれました。そして、その年の12月、それは定期募集でした。やはりはずれたのですが、抽選会に出向いた折、事務所に立ち寄ったら、「追加募集」というのがありました。物件の中には、人気薄で定員割れや、定期募集開始後に空きが出たりなどのケースで、追加募集することがあるようです。

その追加募集を見ていて、物件は古いが非常に利便性のいい場所にある団地を発見しました。係の人に聞けば、追加募集については先着順で受け付けるとのことです。その場でいろいろとイメージをめぐらせました。とりあえず申し込もうと思い、申し込みました。

後日、正式な申し込み書類を提出に行きました。そうしたら、ちょっと行き違いがあったと思うのですが、「自宅売却済みか、売却中」を証明する書類が必要と言われてしまったのです。その日が受付の最終日でした。すでに不動産会社には売却の相談はしていましたが、正式な書類はありませんでした。現状では「選任売買委託契約書」というようなものがあればいいようでした。それでパニックになりながらも、その不動産会社は地場ではありませんでしたが半日で往復できる距離でしたので、急遽連絡し、「選任売買委託契約書」なるものを作成してもらい、当日受け取りに行き、そのままなんとか公営住宅の係に提出することができました。

入居は、実際に売却されてからの許可になります。それも、半年くらいの猶予でした。

結局、売却できたのが2004.5月で、その公営住宅に入居したのが、翌6月でした。

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■1993年2400万で買った物件でしたが、売れたのは900万です。売却後でもローンが1200万残りました。

この時点で、ローンの債権者は、もともとの金融機関の関連の保証会社に移っていました。このローン残については、不動産会社のアドバイスによれば、こういう債権は、保証会社の場合(あるいは債権譲渡された会社の場合は債権を安く買っているので)、いずれ数十万~100万くらいの一時金で解消してもらえるだろうとのことでした。

※本来、担保価値の目減りについての責任について、借主だけが負うというのは、現状日本ではそうなっていますが、他の国では貸し手も負うべきようになっているようです。


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3.1 株トレードをやめた後の仕事

3.1 株トレードをやめた後の仕事

住宅ローンの支払いがきびしくなったころ、会社をやめて1年後くらいですが、株トレードでの自立は一朝一夕にはいかないと真剣に思い始めました。株で500万の損を出す直前あたりです。

他の仕事もやりながら、株もあきらめたくはないというスタンスでいろいろ考えたり当たったりしたのですが、まずは、以前の会社の仕事の関連で、自宅ベースで翻訳関係の仕事をさせてもらえることになりました。これはこれでよかったのですが、2003.8~12の半年間くらい、1つのプロジェクトが続いたあと、次がなくなりました。なぜ次がなくなったかにはいろいろ要素があるかと想像していますが、1つには、私の対応で、以前の会社の同僚と衝突してしまったことがあると思っています。現実的な弱者の立場、TPOに配慮すべきという意識が欠けていたのでしょう。反省というよりも、今でも、そのときの関係者の対応や姿勢には、疑問を持っています。しかたがありません。

また、同時にインターネットでビジネスを探しました。行き着いたのはMLMでした。1つのMLMは、2003.10~12まで関りました。それは私にはだめでした。翌2004.2月から1年くらい、別のMLM系個人商社ビジネスをやりました。結局それもだめでした。ただ、そのビジネスそのものはやはりだめだと思いますが、紹介者の方はしっかりした方で、ほかに本業も持っておられ、今でもお世話になっています。

結局2004年は、仕事としてはほとんどこのMLMをやっていたことになるのですが、鳴かず飛ばずでした。その間、残金を食いつぶし、カードローンも増えていきました。

2004.12、ローンの1本化をうたう金融詐欺にあってしまいました。

これでうちのめされて、出直さなくてはと思い、再就職を探しました。思った以上に、きびしかったです。

地元での再就職には思うような口がなく、東京も含めて探し、2005.4に、ある会社に、長期業務に就く前提で、アルバイトで入りました(妻の実家から通いました)。ところが2週間足らずで、その長期業務がペンディングになったとのことで、別の再就職をあたってくれと言われ、離れざるを得ず、東京で再度探し、月収35万(手取り31万)で、別の会社と契約し、6月から勤務しました。当初はフリーランス契約でしたが、社員になる前提/給与アップの前提でした。

ここで勤務している間、その年の8月~12月は、既知の別会社からの翻訳の仕事があり、ほとんど寝る時間以外、会社の仕事と並行して家でも仕事をしていました。そういう状態でやっと、収支が改善しそうだと思えていました。

しかし、2006.1に突然、契約解除を言い渡され、2006.2で契約解除されました。

その後、東京での再就職も考えましたが、とりあえず、実は、地元にいる一人暮らしの母の認知症がひどくなっていたため、いったん地元に戻ることにしました。(その後、母は引き取らざるを得なくなり、今は同居しています。)

前後して、ある翻訳会社に、翻訳者として合格し、幸いに、その後、継続的に仕事が来るようになりましたが、それでも収支が追いつくほどではなく、起死回生の手段を探し続けました。

しかし、ついに、追い詰められました。2006年9月、新たなローンを断られるようになり、10月には、既存のローン会社の1つからも新規利用停止を食らい、ついにやりくり不可となってしまい、11月を越せないことが判明し、万策尽きました。11月に自己破産に向けて動き出しました。


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4.1 インターネットでの調査

まずは、インターネットでいろいろ調べました。それなりの知識は得ることができました。いろいろな法律事務所からの情報は多かったですが、体験談サイトからも、いろいろ得るものがありました。こういった知識は、鵜呑みにすべきではないと思いますが、そういった前提知識は、実際に先に進んだときに、大変役に立ちました。

弁護士や司法書士に依頼するのには、けっこうな費用がかかり、しかもかなり幅があることもわかりました。私も、手続きを自分でやるかどうかは、大きな判断ポイントでしたが、一つの体験談「自己破産からの再出発~体験記」(右コラムの「リンク」からもリンクしています)から、自分でやるには、相当のエネルギーが必要となりそうなことが伝わってきました。また、「O...」カードローンについての言及があり、私もおそらくは同じ「O...」カードローンもあり、そこに書かれていたことまでされることもあるとなると、かなりの負担が想像されました。

私の仕事は、フリーランスの翻訳で、時間に応じた収入しか得られません。ここで、自分でやるとなると、大幅に、自分の時間を取られることが予想されました。そういったことを天秤にかけつつ、できれば弁護士に依頼したいという前提で、いろいろと調べを進めました。調べることも時間とエネルギーがかかることですが、いたしかたありません。

相談先の候補をインターネットで探しました。弁護士か司法書士かという点もありました。この点については、別記事で書きました。私の場合は、弁護士にしました。

いくつか弁護士事務所をピックアップしました。信頼できそうで、費用もリーズナブルなところ、という視点で。

そして、あるところに電話し、一度相談に行くことにしました。地場ではなく東京ですが、専門性があり、誠実で信頼できそうで、依頼料もリーズナブルそうでした。交通費がかかっても、そういうことならいいと思いました。


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4.2 最初の相談先

4.2 最初の相談先

下資料の記入をした上で来てくださいとのことで、下資料をダウンロードし、記入しましたが、丸1日以上かかったかと思います。この作成資料は、たとえここに依頼しなかったとしても、こちらで用意すべき必要な情報だったことは、あとでわかりました。

2006.11.10に、最初の相談先に行きました。アポの時刻は15:00でした。経費節約のために、バスで行きました。たまたまですが、以前東京で勤めた会社の近くで、ときどき昼食に行くときに通った通りの途中にありました。

しばらく待たされていましたが、その間にも、まわりから相談打ち合わせの声がかなりはっきりと聞こえてきました。どちらかというと、相談者を叱責するようなセリフが聞こえてきました。これってわざとなんだろうかと、思ってしまいます。

最初に女性2人が現れました。まずその2人が、メモをとりながら、いろいろと聞いてきました。

そのお2人がどういう立場の方なのか、最初に紹介はありませんでした。あとで、弁護士さんのアシスタントの方々とわかりました。1時間弱くらいだったと思います。その中で、「妻も自己破産の必要がある」「管財事件になるので費用は55万かかる」と言われました。これらはとても意外でした。いろいろやりとりしましたが、それ以外の道は示してもらえませんでした。かなり疲れました。そして、最終段階で、「弁護士に今日お会いになりますか」と言われました。どういうことであっても、会って直接意見を聞きたいと思いましたので「はい」と答えました。

しばらくして、さきほどの2人のアシスタントとともに、男性の弁護士が登場しました。再度この弁護士に、「妻も自己破産の必要があるのか、管財事件になるのか」を問いましたが、さきほどのアシスタントの答えと同様の話を斜めからするだけで、論理的な受け答えをしなかったです。

検討しますと言って、去りました。暗澹たる思いで、バスで帰りました。インターネット上の印象とは大きく異なりました。別途、探してみようと思いました。

※ただひとつ、ここで、「あなたの成り行きの話は、現実味がよくわからない。具体的に、お金の流れも含めて経緯をまとめたほうがいい」と言われたのですが、これはそうかもと思い、2-3日かけて、会社退職以降の流れをまとめた表を作成したのでした。これは、結局依頼することになった弁護士にも提出しましたし、裁判所にも、申請書類の一部として提出されることになりました。

こんな感じの表です。

サンプル


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4.3 弁護士決定

事前の調査で、地場の、弁護士による無料相談に機会についても調べていましたが、たまたまその翌日11.11に電話相談があることを知っていました。

それで、それが始まる9:00過ぎから何度か電話していましたが、11:00ころやっと通じたと思います。

そこで、新たに相談してみました。その場でどこまで具体的に話したのか記憶が定かではありませんが、こちらの話をよく聞いてくれて、適切な質問をしてくれました。なんとなく、話しやすく、相性がいい方ではないかと感じました。それで、一度先生のところに相談に行きたいと申し出、先生もOKしてくれましたので、翌週11/15に、事務所を訪れました。

実際にお会いしてみて、だいたい、想像していたイメージに近い先生でした。こちらの話をよく聞いてくれ、アドバイスは、短いセリフが多かったですが、こちらにピンとくるものでした。答えにくいものの場合は、暗に答えを「こういうことになるんでしょ」というようなせりふなどで、わからせてくれたりもしました。

そして、「妻も自己破産の必要があるのか、管財事件になるのか」については、最初に行った弁護士事務所とまったく反対の答えをいただいたのでした。すなわち、「妻の自己破産なくしても、手続き可能。管財事件でなく、同時廃止でいいでしょう」とのことです。ただ、同時廃止でも、免責については、株がメインの原因のため、条件が付く可能性(数十万とか積み立てて債権者に支払うとか)があるとは言われましたが、それは納得しました。

費用の話についての成り行きは、「自己破産の費用」カテゴリーの4つの記事に書きました。

その後、法テラスとの手続きもあり、11/25に、実費費用3万円だけ持参して、正式に受任していただくことができました。

(2007.11.6追記)

私の体験談は、すべて事後に記しているため、途中の細かいことが、あまり書かれていないかもしれません。

最近、そういう意味で、「どんな書類を取り寄せたり作成したりしなければいけないのか」の点も一つだと思い、イメージできるような情報提供はないものかと考えておりましたが、参考になればと思い、私が最初に弁護士さんから用意するように言い渡された必要書類のリストと注意事項,
および、作成要の「債権者一覧」、「破産申立書」の書類一式を、「必要書類のイメージを持ってください」のカテゴリーで紹介することにしました。

「債権者一覧」は、11/15に初訪問時、すでに、その前の相談先に持っていくために作成済みだったので、持っていきました。

11/15から、次にお訪ねした11/25までの間には、11/15に弁護士さんから言い渡された必要書類を、いろいろと準備していました。けっこう大変です。11/25に全部はそろいませんでしたし、その後もいろいろ別の必要書類や、更新が必要な書類が出てきたりして、一朝一夕にはいきませんでした。この辺は、覚悟しないといけません。(自分だけでやるとなったら、数倍どころではない大変さが想像されます。ちなみに、すべて終わったあとで、弁護士事務所から渡された書類を見ると、複数の債権者とのやりとり、裁判所とのやりとりなどの書類で、3-4cmの厚さにもなっておりました。)

この大事態、これくらいのことは、あります。


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4.4 その後の手続き

その後、11月の月末には、多数の支払い決済が待っていました。これらは、引き落としされないよう、また、入金しないようにしました(もともと原資がありませんでしたが、誤って一部だけ落ちることのないようにしたということです。妻名義分は、別途、あとで、振り込みました)。

弁護士さんにはこのことは相談しており、債権者から連絡があった場合のセリフとして、「自己破産を弁護士と相談している。追って受任通知が行きます。」をいただいておりました。

11/末から12/頭にかけて、数件の、債権者からのTELがありましたが、そのように話すと、意外にたんたんと、了解してくれました。1件は、「早く受任通知がほしい」と、数度催促がありました。これは、12/5に、弁護士さんとの打ち合わせの際、弁護士さんと電話で直接話をしてもらうことができ、解決しました。

12/6に「受任通知」が、すべての債権者に発送されました。

その後は、特に債権者とのトラブルは直接ありませんでした。

弁護士事務所のアシスタントの方との、実務上/書類上の打ち合わせのTELや、事務所への訪問が、ときどきありました。アシスタントの方も、接しやすかったので、ラッキーだったと思っています。

債権の調査にかなりの時間を要するようでした。当初、裁判所への申し立てを、1/下旬のめどと聞いていましたが、結果的に2007.2.16が、申し立て日になりました。

2/23に、弁護士事務所から速達が届きました。裁判所から、追加の質問が来ているとのことで、回答を1週間以内に用意してほしいとのことでした。項目はけっこうな数(21項目)がありましたが、答えがむずかしい要素は特にありませんでした。仕事の区切りめをはかり、1日かけて回答を作成、2/28に弁護士事務所に送りました。

こんな感じでした。

サンプル

3/15に、裁判所から「破産手続き開始決定」が出ました。そしてその通知書面には、4/26に「免責審尋」 (裁判所に弁護士とともに出向いて、裁判官と面接)を行う旨の通達も、記載されていました。

4/26、「免責審尋」当日、呼び出し時刻の30分前に弁護士さんと裁判所で待ち合わせをして、事前打ち合わせを行うことになっていました。しかし、当日その場というのは、ほかの同類の審査を受ける人たちが、同じ待合室のような部屋に数人(数組)いて、とても弁護士さんとお話できるような環境ではありませんでした。弁護士さんは、ただ、「株のことは聞かれると思う」ということ、「正直に話すように」ということ、それまでの資料一式を私に渡して、よく目を通しておくようにとだけ言いました。私は、もっと打ち合わせらしい打ち合わせをしてくれるのかなと思っていましたが、こういうことでした。

それはそういうことだったとして、いざ、裁判官との面接になりました。弁護士さんも同席します。

■裁判官とのやりとり
若い裁判官でした。面接が始まって裁判官の一言目は、「あなたはなぜここに呼ばれたと思いますか。聞きたいことがあるから呼んだんです。聞きたいことは何だと思いますか。」というようなことでした。ちょっとこんな質問のされ方をされるとは面食らいました。どのように答えたらいいのだろうと躊躇してしまいました。かなり間を置いて、「こういうことに至った経緯については今までの提出資料で説明しておりますので......」と言うのが精一杯でした。重ねて「聞きたいことは何だと思いますか。」と聞いてきました。またしばらく間を置いて、思い当たるのは株のことしかないと思い、「今回の私のこういう経緯の一番大きな原因は、株トレードの失敗にあります。株での失敗ということについては、弁護士の先生からも、世の中で一般的にギャンブルと同様に見られ、認められがたいと言われております。しかし、私にとっての株は、意識としては事業として取り組んだものでした。なぜ失敗したかの要因は、..........心理面にあって、...........,、「だれもでもできる」...........がうそであって............」というようなことを言いました。「そうではあっても、リスクの認識が必要ですよね。」と、裁判官。

そのあと、「このことより大きな問題ではないですが、」との前置きがあって、会社を辞めてから購入した2台のパソコンについて聞かれました。どちらも30万前後でした。一つは自分の株トレード用、もう一つは、子供の大学での使用のために、入学時に、大学の生協のお勧め品を購入したものでした。(ちなみに子供は、このあと、私が一度半期分の授業料を出したあと、奨学金とバイトですべてやっています。) 「これらは高すぎませんか」という問いでした。パソコンとしては高くない旨をしきりに言いましたが、そこで一言、同席の弁護士さんに、「そういうことではなくて、反省しているのかどうかを聞かれているのですよ。」と言われ、「不相応な購入でした。そういう意味では、言い訳の余地はないです。」と言いました。

こんな様子で、たぶん15分くらいだったと思います。

一部、答えがまずかったかと思いました。裁判所を出るときに、弁護士さんにそのように感想を言ったのですが、弁護士さんは、「それはしようがない。免責は出ると思いますよ。」とおっしゃいました。

そして、漠然と、また数ヶ月待つのかと思っていましたが、5/8に免責認可が出ました。

その連絡を、弁護士事務所のアシスタントの方からもらい、書類を渡すから来てくださいと言われ、5/12に受け取りにいきました。直接先生とはお会いできませんでした。関係書類を一式渡されたのですが、3-4cmの厚さがありました。このように、あとで手続書類や関係書類をすべて本人に返すものだとは知りませんでした。

レジュメ


P.S.
このときに渡された書類の封筒には、「事件名 破産」と出ていました。

封筒


また、裁判所からの免責認可の通知書の、免責理由の欄には、以下の文面がありました。

「破産者には破産法252条1項各号に掲げる免責不許可事由に該当する行為が認められるが、破産者がかかる行為に及ぶに至った経緯、破産者の更正の可能性など、本件で明らかになったすべての事情を斟酌すると、破産者について免責を許可するのが相当である。」

今、自身で原文をタイプしたわけですが、改めてその一言一言が重く感じられ、裁判官の方にも感謝をいたしたいと、改めて感じた次第です。


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5.1 現在の状況

2007.5.8の免責許可を受けて、正直、なんとも心が軽くなりました。

不謹慎ではあります。

しかし、自己破産の事実は、客観的にも、自分の心からも消えません。世の中の商行為の中での約束を破ったことは、罪です。

この罪を、償うことが必要です。

と言っても、直接償うすべはありません。

今からできることを考えてするしかないと思います。

家族、地域の知人、をはじめ、皆さんのお役に立つことを、積極的にやっていきたいと思います。

自分の経済力を高める努力も必要です。翻訳の仕事をベースにしつつ(保証のないフリーランスなので、いつこけるかはわかりません、こけたら、日雇いでも住み込みでもやるしかありません)、インターネットでの個人ビジネスにも挑戦していきたいと、思っています。このサイトも、アフィリエイトサイトです。

ちなみに、ほかの体験談にもありましたが、免責認可のあと、闇金融に違いない業者からのDMが、やはりけっこう来ています。絶対に申し込みません。特に、クレジットカードをうたったものが多いです。

全部は調べていませんが、「関東財務局******号」のようにDMに出ていても、偽りであることがわかりました。関東財務局のウェブサイト(http://www.mof-kantou.go.jp/frames/kinyuu/kashikin/akusitsu.htm)に、「無登録で貸金業を行っていると判明したもの」のリストに載っていました。


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5.2 家族名義のクレジット残

公的納付金の延滞分について、役所に相談に行くにあたって、できれば家族名義のクレジット残を支払い終えてから、公的納付金の延滞分を支払っていきたいというお願いを持っていきたいと思い、2007.8現在、今の毎月の支払い方法で、完済まであとどれくらいかかるのかを調べました(毎月の支払い明細では、当月の引き落とし分と残り残の総額しか表示されないので、妻からクレジット会社に電話で確認してもらいました。)

2口ありますが、結果、驚きの思いとやはりという思いと両方ありましたが、1つはあと8年、もう一つはあと200回(約16.6年)とのことです。

これでは、おそらく役所への相談にはならないと思います。また、利子をはらっている分が半分をはるかに超えていることも、あらためて実感させられます。

これらのクレジット会社への支払いは、毎月の引き落とし以外は、随時の振込しかありません。そこで、これからは、随時できるだけ振込をしていくことと、10万単位で2週間以上手をつけなくてすむ現金があれば、あとで再借り入れしたとしても振り込むようにして、利子の額を減らすようにしたいと思います。


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5.3 家族名義のクレジット残 2

2007年8月です。

家族名義で残っているクレジット残2口のうち、1口(Aとします)について、今年の4月以降、キャッシングの金利が(従来の26.28%から)18%に改定されていることがわかりました。(もう1口(Bとします)のほうは、確認しましたが、現在も28.2%のまま変わっていないということでした。)

そこで、とりあえずの現金があったからですが、1つの操作を実行しました。

「Aについていったん全額返済(数十万)→再度同額借り入れ(金利18%)→Bにその分返済」です。

Bからは、再度キャッシングすることもあり得ますが、日ごとにかかる金利を、少しでも減らせます(月1万以上は減るでしょう)ので、いったんこの操作を実行しました。

皆さんも、金利については、敏感に判断/行動されることをお勧めします。

ちなみに、「借金道」さんのサイトから引用させていただきますが、

----引用ここから----

2006年12月13日貸金業規制改正案が成立し、2年半後2009年末頃に18%~29.2%までの

グレーゾーン金利が撤廃される事が決まりました。2年半が過ぎれば全ての消費者金融が

利息制限法以下の金利に自動的に落ちる事になります。

----引用ここまで----

ということがあるようです。Bも、電話でのオペレーターの方は、「指導は受けているが、まだ猶予期間中なので、まだ金利を改定していない。」のようなことを言っていました。

一つのヒントとして、記しておきたいと思います。


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5.4 家族名義のクレジット残 3

2007.10.25

最近、下記の記事を発見しました。

「債務整理アドバイザー/司法書士が語る【絶対こわくない自己破産】とは・・・」さんのサイトの、「任意整理する債権者以外のカードは使えますか?」の記事です。

それで一つ、大事なことに、気が付きました。私の妻名義のカードも、更新時期が来たとき、更新されない可能性が高いということです。妻は無職ですので、私の信用度が評価されるはずだからです。

現在は、特に利用制限などの通知はなく、一度、金利変更に伴う借り換え操作をしたことがありますが、問題なくできました。このときも、手続きできるかどうか不安があったのですが、だめならしかたがないと思いつつ、問い合わせしたりして、やってみたのでした。

それでなんとなく、問題なく使えそうなんだなと思っていましたが、たぶんそれは、信用調査をし直していないからでしょう。

更新時には、間違いなく信用調査をし直しすでしょうから、更新はできないものと覚悟しておいたほうがいいと、気付かされました。2つあって、来年と再来年です。もしその時点で、利用残があれば、新規利用枠なしの、返済のみ継続となるのでしょう。

基本的に、自己破産後、金利変更に伴う借り換え操作以外の新規利用はしておらず、多少のまとまった金額があれば振込入金するようにしていますので、このまま残高縮小に努めたいと思います。

ちなみに、現金生活を基本としながら、もし現金に余裕がでてきたら、「スルガ銀行 VISAデビットカード」を持とうかとは考えています。これは、同一の決済口座で家族カード(15歳の高校生以上の家族)も作ることができるようですので、利便性と安心の付加のために。


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5.5 自己破産後の人生の目標

2007.11.1

自己破産してしまった自分がいます。

自己破産に踏み切る前、必死に自転車をこぎつつ、なんとかしたいと、起死回生を図ろうとしていました。

そのころ、スーパーに買い物に行って、主婦や、会社帰りの若い人、現場から戻る途中の若者などを目にすると、みんなえらいなー、一方自分はなんというだめさだ、と思ったことを思い出します。普通であることが、すごくりっぱなことに見えたのです。

しかし、どうにもならないと悟るに至り、自分は落伍者になってもしかたがないと、あきらめました。悩んで悩んで、なんとか家族に告白しました。

そして、自己破産の手続きを進め、免責認可され、時は経ちました。

今、これからの人生をどうしていくのか、考えなくてはいけません。

前にも書きましたが、自己破産の事実は、客観的にも、自分の心からも消えません。世の中の商行為の中での約束を破ったことは、罪です。

この罪を、償うことが必要です。

と言っても、直接償うすべはありません。

今からできることを考えてするしかないと思います。

家族、地域の知人、をはじめ、皆さんのお役に立つことを、積極的にやっていきたいと思います。

そして同時に、自身と家族を、経済的に立ち行くようにするのを、第一目標にしなければならないと、改めて考えます。

現在、ほぼ、生活ぎりぎりの線しか、収入を生み出せないでいます。

経済的に立ち行くためには、私の場合、日々の生活以外で、まず、妻名義のクレジット残を解消しなくれはなりません。若干ずつ、解消には向かっています。

そしてまた、病気などの不測の事態=「ライフトラブル」に備えるための預金も必要です。これがないと、借金ができなくなった身としては、不安をかかえつつ生きざるを得ません。(こういう境遇の人へのセキュリティーネット的な貸付制度が一部あるかもしれないようなことを、目にしたことはありますが、詳しくはいずれ、調べてみようと思います。)

さらに、私と妻の、老後の資金の貯金もしなくてはなりません。年金は入るでしょうが、周知のとおり、支給額は、年々先細りになっていくわけで、年金制度の破綻が言われている時代です。

私はどこまで行けるか、今のところ、わかりません。その途上のまま、人生が終わるかもしれません。

今は、やれることを、日々、まじめに、あせらず、おおらかに、やっていきたいと思います。ときには、 Let it beかもしれませんが。

「あせらず、おおらかに」は、自転車操業時には、とても持てない心境でした。そういう心境を与えてくれた、自己破産の制度に、感謝したいと思います。


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5.6 今日の時点で考えること

2008.4.6

最近、ちょっと急できつい仕事が入って、一段落したBankruptedです。こんにちは。

また、最近、他の方のブログからも、いろいろ考えさせられております。

ひとつ、「自己破産」という制度ですが、昭和27頃までは、免責がくっついていなかったというお話を聞きました。「非免責主義」「懲罰主義」と言われ、「借金を自らしたのだから、返済はしろ」という考え方とのことです。それが、更正のための制度へと変わってきたということです。

詳しくはわかっておりませんが、今の時代だから、「免責」がいただけるのですね。そのことには、おおいに救われるわけですが、やはりこれは、最大の温情だと思います。

この、「自己破産/免責」の制度、債務者も財産があれば没収され、その後のペナルティーも負いますが、「免責」というとんでもなく大きな温情をいただけるわけです。一方、債権者は、丸損なのでしょうか。利息にそういうリスクを含んでビジネスをしているという面はあるかと思いますが、そういう債権者側へのセーフティーネットは、何もないのでしょうか。しかし、あったとしても、それが、税金を使うことであるなら、納得しがたい話にもなってしまいます。

こういう、制度というものを、どう考えるのか、まだ、すっきりした答えは持てないでいます。

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もうひとつ、免責を受けたあとは、「自然債務」という返しても返さなくても良い債務になるとの、記事を拝見しました。

そういうことは、よく知りませんでした。

「もし返せるようになったら返すべき」は、どう考えても、正しい話だと思います。

なので、制度上、「返しても返さなくても良い」とは言え、債権者に実損を与えたこと、そして、「もし返せるようになったら返すべき」という意識は、やはり、心に留めておかなければならないと思いました。重いですが。

しかし、そのためには、幸い、更生の機会を先に与えていただいたことに感謝して、一所懸命、更生に努める人生を、歩まなくてはいけないと、改めて、思います。


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5.7 「免責審尋」から1年

2008.4.21

今日は、暖かくて風もなく、過ごしやすい一日でした。
市営住宅の窓口に提出する書類があり、街に出たのですが、近くにある裁判所の写真を撮ってきました。1年前の4/26、ここで「免責審尋」を、受けたのでした。

Court


あの日は、こんなに暖かくはなかったなーと、思います。

あの日の裁判官と、自己破産の制度に、自業自得で、経済的にどうにもならなくなってしまった自分の窮地を救っていただいたことに、改めて感謝したいと思います。その後の1年、おかげさまで、新たな気持ちでがんがることができました。

債務整理せざるを得なくなった原因の反省と、債権者/保証人に迷惑をかけたことを、忘れてはなりません。そして、そのベースの上に、自己の更正を果たしていくべく、これからもがんりたいと思います。

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ついでに、これもまた近くの「法テラス」に、特に用事はなかったのですが、なんとなく、寄ってみました。
ロビーに、新聞のコピーのようなものが置いてありました。この4月に、スポーツ新聞4紙に、「法テラス」告知の記事広告を出したのだそうです。

今の時代と、政策の流れの一端を、思わせました。

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5.8 法律扶助事件の終結決定書

2008.9.27

特に重要な情報ではないと思いますが、参考に記しておきます。

私は、自身の自己破産について法テラスにお世話になりましたが、2008年9月になってから、法テラスの担当支部から、「法律扶助事件の終結決定書」というものが届きました。

案内文には、「あなたの法律扶助事件につきまして過日の法律扶助審査会において終結決定をいたしましたので決定書の写しをお送りします。---(中略)--- ただし、立て替え金の支払い終了という意味ではありません。」とあります。

こういう手続きがあるということは、特に知らされていた記憶はなかったので、ちょっと、とまどいました。裁判自体は、昨年の5月に免責が出て、終結していて、それからすでに1年以上過ぎています。

立て替え金の支払いは、来月(2008年10月)で終了するので、どうせこういうのを出すなら、支払い完了してから出せばいいのにという単純な疑問があって、少し問い合わせてみましたが、あまりすっきりする答えは返ってきませんでした。しかし、特に支障はないので、いいとします。

法テラス案件でも、終結できない案件もあったりするのかもしれませんね。

いずれにしても、法テラスには、感謝しています。


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プロフィール

Bankrupted

Author:Bankrupted
2002.5 会社早期退職
株トレード
2004.5 自宅任意売却
2006.11 自己破産を選択
2007.2 自己破産申し立て
2007.3 破産手続き開始
2007.5 免責認可

このようになってしまった経緯と、体験からの自己破産の進め方のヒントを記します。皆さんの「他山の石」となれればと思います。

リンク先ブログの最近の記事(一部抜粋)
1日1回程度更新。「New」は直近1日分。

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